【1日1読】北園克衛「口笛」

夏は美しい季節でした

物質は重く生活は軽いのです
街の従妹たちよ
そこでは星と林檎がいり混じり
そしてあなた達は失はれた花束にすぎません

僕は? あなたは? 好きなのですね?

しかし だが
カメラのなかに月が出たら
あ!
動いちやいけません

敬体(です・ます調)で語られる相手は「街の従妹たち」。しかし、彼女たちに向かって語る声は、4つ連で共通して思慕を滲ませているように見えながら、それぞれ別のメッセージを発しているようです。

北園克衛(1902-1978)は、日本の前衛詩のリーダー的存在だった人物。
残念なことに、彼の詩は単行本としては古書市場では手に入りにくく、新刊本もそれほど数が出ていないので、まだ多くの人に読まれる詩人ではありません。

「口笛」は、1932年『若いコロニイ』に収録された詩で、上は全文。
第一詩集『白のアルバム』から、白・銀色・青の清潔なカラーと、シュルレアリスム的に物体の組み合わせにこだわる作風を打ち出していた北園は、
しかしその一方で、抽象的起承転結とでも呼びたくなるような、展開のある詩をも多数残しています。

「美しい」という語は、細かい説明をしないための手抜きの手段にもなりますが(川端康成がよくやったやつだね)、星と林檎が入り混じる、失われた花束、と、やはり光を宿して突き抜けるような名詞を扱っています。

僕は? あなたは? 好きなのですね?

これは質問の体をなしていない、けれど、少なくとも「好き」ということは、好きなものが目の前に無ければ言えないことです。好き……お互いのことが? いやこれはどこか、読者には提示されていない、彼らの手元にある別の何かについてのことであって、ちょっと文脈の窺い知れない、会話の断片だけを見せられているかのようです。

カメラの中に月が出る、というところなど、たった2歳離れているだけの小説家稲垣足穂とほぼ同じセンスで、20世紀初頭の文章には、当時にしかできなかったであろう視覚体験が記録されています。
この色彩感覚、この、抽象的でありながら実に親しみを感じる文章。
日本語詩に根付いた「もののあはれ」や旧態依然としたセンチメンタリズムを全力で蹴り飛ばすかのような前衛詩は、結果的に成功していると断言できるもので、北園のメンタリティを継ぐ詩人が、彼の生前から現在に至るまで出現し活動しています。

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