【インタビュー】蒲田教会・林牧師への10の質問 前篇

今年初頭、東京都大田区の蒲田教会へお邪魔し、林巌雄牧師にインタビューをさせていただきました。

彗星読書倶楽部では遅かれ早かれ宗教を扱う必要があるだろうと考えていました。
しかし、本の紹介や一般教養レベルの解説をするよりも、インタビューをして記事にする方がより読者にとって身近に感じてもらえるだろうと思い、まずは林牧師へ相談したところ、快諾していただきました。

管理人自身は、どの宗教にも信仰がないのですが、出身高校が明治学院高校というプロテスタントのミッションスクールでして、聖書の授業でお世話になったのが、林牧師だったのです。

今回は、キリスト教についての疑問を、私自身のものと、友人たちから募ったものを10項目用意し、林牧師にお答えいただきました。

前篇・後篇に分けてお届けします。

蒲田教会のウェブサイトはこちら


教会と牧師さんにまつわる質問

1、信者でなくとも教会に行っていい?

ーー「キリスト教信者でなくとも教会に行っていいですか?」という質問が数名から寄せられました。

教会は、開けっ放しのところもあれば、集まりとか行事をやっていないときは閉めているところもあります。教会によって違いますね。

水曜の午後に聖書を読んでお祈りする会をしているところもありますよ。

ーー水曜日ですか、それは知りませんでした。なぜ水曜なんでしょう?

起源はわからないけれど、週の真ん中だからでしょうね。週に2回集まりたいけど、曜日が連続しないように水曜になったんだと思います。

ーーノンクリスチャンでも礼拝に参加していいか、という点も、気になっている人が多いようです。SNS上でキリスト教の情報をポピュラーに発信する人たちの影響で、教会に行ってみたいと思う人が増えているように見えます。

プロテスタントとカトリックの教会は、ほぼ歓迎すると思いますよ。信者じゃない人にも触れて欲しいし、もう少し言うと、信者の数も増やしたいと思っていますから。正教会は、もしかすると、拒否はしないと思うけど、入れる場所に制限があるところもあるかも。あまり詳しくはないけれど、信者じゃないと奥までは行けない、とか。

でも、少なくとも、来て欲しいと言う気持ちはありますから。

ほとんどの教会はしつこい勧誘なんてしないと思いますが、教会から何かの案内を送るために住所を書くこと求められることがあるかもしれません。そういうのが嫌な人は、書く必要はありません。

2、牧師となるためには何をすればいい?

ーー牧師さんになるためには何をする必要があるのでしょうか。これは僕が気になっていたことでもあるのですが。

神学というものを学ぶんですが、学び方はいろいろあって、大学の神学部の神学研究科で学ぶというのが1つですね。

もう1つは、神学校というところがあって、学校としては専門学校なんですが、学校によっては高卒で入れる場合もあれば、大学で教養レベルを経験していることが条件のところもあります。

あと、独学コースがあります。

ーーえっ、独学コース!?

牧師さんになるために試験があるんですが、これは日本基督教団なら日本基督教団の試験というように、教団や教派ごとの試験がありまして。統一資格はないんですよ、国家資格ではないから。「インテリアコーディネーター」みたいな、いわゆる業界資格です。

大学院を出てると、試験科目が少なくなる。

その次に学部卒業と神学校卒業の人の試験が同じくらいの科目数かと思います。

そして独学の場合、ものすごく科目数が多い。

ーー学ぶものの中には言語も入りますよね。やはりラテン語や古代ギリシャ語もありますか。

ありますね。

ーーそれはどの程度のレベルまででしょうか。

文法など、活用などを学ぶところもありますが、実際の試験は単語レベルです。例えばギリシャ語なら、「アガペー」の意味を答えるとか、そのレベル。

神学者になるのであれば別ですけれども、旧約聖書のヘブライ語にしろ、新約聖書のギリシャ語にしろ、高度なことは求められません。

ラテン語は、やる人もいるけど、別にやらなくてもいい。聖書のオリジナルはヘブライ語とギリシア語で、ラテン語は翻訳されたものですから。ラテン語も求められるのは同じくらいのレベルです。

英語・ドイツ語は、神学の本を専門書で読めた方がいいという人が、学部でやらされるけれども、身についた人の中には、学者になる人もいるようです。

牧師になるのには、いわゆる成績優秀、というのは求められていないと思います。

3、牧師の給料について

ーー牧師さんのお給料はどう発生しているのでしょうか。

信者からの献金によって成り立っています。ダイレクトで牧師の懐に入るわけではなく、献金を一度教会の会計に入れて、会計から世の中でいう給料として、いろいろと天引きして払う、という方式です。これが一般的だと思いますね。

ーー「教会」の会計、ということは、「教団」の会計、まではいかない?

日本キリスト教団に関して言えば、僕の給料の場合はここの教会の中で完結してますけれども、ルーテル教会とか、聖公会とかは、献金の少ない教会と多い教会の差を調整しているようです。本部で一度吸い上げて、分配するという。

ーーそれに加えて林先生の場合は、高校での授業がありますよね。

そうそう。

ーーさらにそれ以外で探ってみると、刑務所の受刑者のための教誨師をされている方もいらっしゃる。

でもあれ、ノーギャラだ、って聞いたことがあります。交通費くらいしか出ないんじゃないでしょうか。

もちろん、教会によってサイズがあるから、牧師に年間一千万円払えるところもあれば、百万円しか払えませんというところもある。それぞれの事情に応じて補わねばならないから、学校の教員とか、介護事業をやってみたりとか、教会付属幼稚園の園長、あとはコンビニの店員さんやってる人もいるし、漁師さんやってる人もいるし。

4、プロテスタント信者とカトリック信者の交流はある?

ーープロテスタントとカトリックの人の間で交流はあるのでしょうか。

集まりはありますよ。超教派、あるいはエキュメニュカルという言い方をするんですが、平和祈祷会という集まりや、3・11の犠牲者追悼の集会では、さらにそこにお坊さんや神道の人が加わることもあります。

ーー当時、『鎌倉宗教者会議』が話題になりましたね、憶えてます。

ここまでくると、超教派というより、もはや超宗教ですけれども(笑)。あとは、人権活動。外国人の人権を守っていこうという活動は超教派でやる場合があります。狭山事件の冤罪のサポートもそうです。それと、反原発。安保法制反対の時なんかも、ごく一部の人ですけども、プロテスタントとカトリックが一緒に集まるということもありました。キリスト者平和ネットワークなんかも超教派です。決して政治活動が盛んなわけじゃないけども、抗議活動などの場合は超教派が多いです。

ーー定期的に集まりがある、というよりも、何か特別に会った時に連絡を取り合う、ということですね。

そうですね、イシューでやっていく、みたいなところがありますね。

聖書とキリスト教にまつわる質問

5、聖書・キリスト教の入門書でおすすめなものは?

ーー聖書の入門書としてお勧めできるものがあれ教えてください。

次の4冊を選びました。

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土井かおる『よくわかるキリスト教』(PHP研究所、2004年)

青野太潮『どう読むか、聖書』(朝日選書、1994年)

大貫隆『聖書の読み方』(岩波新書、2010年)

大貫隆『真理は「ガラクタ」の中に:自立する君へ』(教文館、2015年)

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『よくわかるキリスト教』の著者土井かおるさんは私の友人でして、わかりやすく図も入ったベストな入門書です。

青野太潮さんの『どう読むか、聖書』は、信仰ベタベタというよりは、教養として聖書をどう読めるか、という立場から書かれています。創世記を神話として読み解いていく。

大貫隆さんも似た路線の人です。聖書の記述をそっくりそのまま飲み込むのではない読み方で人に伝えようとしています。

『真理は「ガラクタ」の中に』はリベラルアーツとして本を読む、という読書人の読みにも耐えうる本だと思います。

ーーノンクリスチャンにとって、客観的な読み解き方をクリスチャンの人に教えてもらうところからキリスト教を把握していくアプローチは効果的だと思います。

大切なのは、読者の実存にどう関係あるのか、ということですよね。

ありきたりの言葉で言ってしまえば、我々は空っぽの部分を抱えていて、その部分にキリスト教の考え方がどう関わるか。あるいは承認欲求について、もっと深いレベルで考えていく。

一般的な感覚で読むと、創世記は物語として読めて、ある部分を超えると単なる人名の羅列だから、出エジプト記の前半までなら読めないことはないんですが、途中から法律集となってくるとイヤですね、だいたいあの辺りで人は読むのをやめるでしょう(笑)。

でも、聖書って単一の著者が書いたわけではないし、創世記ひとつとったって、単一の著者が書いたかどうかは分かんないです。編者だって、時代時代で様々です。コピー&ペーストして、つぎはぎが下手くそな部分もありながら、それなりにポリシーを保っている部分もある。

現代の本の概念を持ち込んだら読むときにつまづきますね。


後篇へ続きます。