【味方につけたい1冊】no.3
『高校生のための批評入門』筑摩書房

日本が世界に誇るアンソロジーを紹介する

何事もそうですが、ある分野における、「個別のものの質」の良し悪しを判断する能力を育てる最高の方法は、可能な限り多くの個別事例に触れることです。

すなわち、「浴びる」こと。

しかし、本の世界は、玉石混交どころか、打率3割ならかなり良いほう、という世界なので、忙しい日常の中で読むに値する「当たり」に辿り着くのは、結構むずかしい、というか、その作業自体に時間がかかってしまいます。

アンソロジー、という出版形態の最大の強みがここにあるわけです。
内容の質は保証済み。気に入った著者がいたら、その人の単著を探せばいい。
ぜんぶ気に入ったら、万々歳!

さて、日本には、世界に誇れると自信を持って言えるアンソロジーがあるのです。

高校生のための批評入門 (ちくま学芸文庫)

もともとは1987年、A5判で出ていたもの(管理人が持ってるやつ)が、2012年にちくま学芸文庫になりました。

高校生のための、と書かれていますが、中学生が読んだっていいし(最高の英才教育だと思う)、大人こそ堂々と読むべきなのです。

批評とは何か

本書には51篇の批評が収録されています。
どれも短いものです。一章をまるごと収録したり、長い文章からの抜粋だったり。

しかしそもそも、批評とは何か。
この本の中で、その疑問に対する答えは2度出現します。

目次のまえに書かれた、
「この本を使うみなさんへ」
と題された冒頭文があります。ちょっと引用してみましょう。

 批評とは何でしょうか。評論を読んだり、論説文を書いたりすることではありません。もちろん他人の欠点をあげつらうことでもありません。みなさんは、世界にひとりしかいない「私」という人間として、考えています。「私」を、世界の中に考える主体として置くこと――これが批評のはじまりです。批評とは、世界と自分をより正確に認識しようとする心のはたらきであり、みなさんの内部で日々<生き方をみちびく力>としてはたらいているものです。

高校生、いや早熟な中学生にもわかるよう、平易な言い回しで書かれていますね。
しかし、内容が平易なわけではない。
自分を世界の中に置く、たったそれだけのことも、日常生活のなかでは忘れがちです。
駒のないチェス盤の上に、ひとつだけキングを置く。これはイメージしやすい。
世界というチェス盤の上に自分という駒を置く。これは、いろいろな理由が重なって、難しいわけです。
しかし、やらなければ、私たちは主体になぞなれません。
そこで、王道のやり方を知らなくとも、頑張って、今の自分にできるスケールで、世界の中に自分を置く。
そのとき、批評が生まれるのです。

さて、2か所目はどこかというと、全11章の各章末に書かれた「手帖」と題する解説文。編者の誰が書いたのかは明らかにされていませんが、これが実に明晰に書かれている。

批評と評論。言葉も用い方もよく似ているようでややこしい。
しかし本書はあくまで「批評」のための本なのである。どうちがうのだろう。
評論とは、文章の体裁そのものを指す言葉である。……何事かについてある主張を読者に訴えるのに、論理的な記述と攻勢が展開される文章である。
(……)
批評なくして評論は成り立たないが、批評じたいは文章で表現されなければならないという訳ではない。人が事物に対して、他社に対して、あるいは自分に対して、ひいては世界に対して抱き持つ精神の働きなのだ。

批評は、スタイルというよりも、発想そのもの、いま体感しているこの世界への異議や、他人との違い、今とは異なる自分の在り方を思いつく、そうした発想のことなのです。

芸術の世界では、ダンスでも映画でも絵画でも音楽でも、
「批評性がある」
と評されることがあります。
これはつまり、今までその分野で当然とされてきたルールに、変更を加える意図を見いだせる、ということです。
伝統的絵画のパロディ。
思わず身体がノってしまうリズムを急に変拍子で崩す。
見ると心が痛む場面を映す。
どれも作り手は「従来のままではいけない」と考えているわけですね。

思考の散弾銃撃

実は、この51篇のなかには、評論として出版された文章だけではなく、
宮城まり子、岸恵子といった芸能人のエッセイ(今どきのコマーシャルなゴーストライター本じゃないよ)、
安部公房や中上健次の小説、
『チャップリンの独裁者』の演説、
はては手塚治虫とジュディ・オングの対談なんてのもある。

どれを取っても、自分の中の常識を爆破する、言葉の爆薬が仕込まれている。
不発、で終わることはないといいけど、
51篇すべてに自分を爆破されたら、その読者は将来有望だし、
それぞれの批評分に反論できるくらいになれば、かなりの才能が育っている。

「手帖」もあわせれば、一日一篇読んでも2か月は知的生活が続くし、
A5判では別冊付録だった解説集「思索への扉」も使えば、批評偏差値は爆上がりだ。

これ一冊で、人文学批評部門の教養レベルの素地が完成すると言ってもいいくらい、セレクションもクオリティも良質。
習慣として読書を始めなきゃな、と考えているそこの社会人。最高のスタートダッシュを決めたいなら、この一冊だよ。

読者の発想力を鍛える口絵

もっと言いますと、この本を開いてすぐ眼に飛び込む、口絵のセレクションがすごい。
まずは彫刻家ジャコメッティのデッサン。
続いて、見開きでレンブラントとフランシス・ベーコンの自画像を並べ、読者に比較させる。
4枚目は、本書に収録された宮城まり子「私は教育経験三十年」に登場する男の子の絵。
この4枚の口絵は、本文未読の人にとっては、なかなか意味を読み取りにくい図像として認識されることでしょう。
でも、読み進めるほどに、己の頭で読み解いてゆけるようになる。
私も、この本を開くたびに、何度も見返しています。

Francis Bacon,1969
©1969 by Francis Bacon

ベーコンは自画像だけでも相当な量を描いていて、どれもこれも輪郭や立体感は歪んでいます。もはや人間像を、肉眼で観たままに描くことに価値を見出だせなかったのかもしれません。


他にも優れたアンソロジーを揃える筑摩書房

管理人は、確か、高校2年生の時にこの本を見つけ、3部作シリーズの「小説案内」「文章読本」が無かったのでこれだけ買って、一週間ほどむさぼるように読んだように記憶していますが、
今はもっとラインナップが増えたようですね。

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似たタイトルだけど中身が違っていたり、
ちょうど数日後には改訂版が何冊か出るようです。
新作かな、科学評論も。
管理人も買い集めたいです。


ちくまアンソロジー読書会を提案する

大学生のころ、友人の発案で、ちくまの小説アンソロジー(どのヴァージョンかはわからない)から5篇ほど採用するという、最高の読書会がありました。
内容も文体も全く違う5篇なので、もうその日は脳ミソフルスロットルでしたね。
日曜日でしたが、最終的に6~7時間、8人ほどで語っていたと思います。

……来年、それやりませんか?
いや6時間ではなく、2時間4篇くらいで。

1月の月イチ読書会はニーチェをやりたいな、と思っているのですが、
2月あたりにでもいかがでしょう。

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