antihoney『Secrets』全曲レビュー

この文章は、2020年10月にリリースされたantihoneyさんの『Secrets』を聴いたその日のうちに書いたレビューです。
ぐずぐずして公開していませんでしたが、2021年5月現在読み返しても、修正すべき部分は見当たりません。それほどまでに、鮮明な音楽体験を与えてくれるアルバムであるということでしょう。


この度公開された新アルバム『Secrets』は、
これまでその才能により生み出される、antihoney曲のあの特徴、あの輪郭の明確な音の運びはそのままでありがなら、内省を目指す過去曲からは音空間が一変し、収録曲「Noise」において如実に示されているような絢爛な音使いによって、新たな音像、新たなantihoney像が出現し、聴く私は、音を鼓膜で食べるかのように聴き入りました。

Secrets Hide Away

antihoneyさんの復帰後最初の新曲として発表されたデモ版「Secrets Hide Away」の衝撃は、筆舌に尽くし難いものだった。
バネが跳ね回る様子を思わせる、しかしかつて似たものすら聴いた覚えのない強烈なイントロは、朗らかに明るい狂気とでも言うべきものを噴出させていて、「Dove」や「Siren」に感じられた底なしの闇が姿を変えて襲ってきたのだと思って、鳥肌が収まらなかった(もっともご本人にはそんな意図はないだろうけれど)。
一方、完成版は電子音の刺激が緩和され、代わりに、軽やかなドラムのように舌がせわしく動く発音をはっきりと聴き取ることができる。
本アルバムの他の収録曲やYouTubeでのライブセッションでは、声の高さを落としての歌唱が多く、それが新局面の特徴であったものの、この曲では、2000年代の極度にフェミニンで・危険なほどあえかな発声に寄せており、曲全体は、もはや形容不能のパワーが充溢して、全く未知の空間を形作っている。
(私には、この種の音楽の他の例は、映画『パプリカ』のために書かれた平沢進の「パレード」以外に連想できない。)

Play Doll

バド・パウエル「クレオパトラの夢」と、パーセルのオペラ『King Arthur』の「Cold Song」からインスパイアされたと思われる、従来のantihoney像を破壊する意外性に満ちた一曲。2曲目に配置されていることからも、新たな方向性を試みてゆく姿勢のアピールと読んでいい。
復帰以来、ジャズを学んでいたという彼女。それがスウィングの形に結晶化した。
妖しい歌詞にも注目。これまでの歌のように、何気ない内容のように思わせながら見方によっては危うい隠喩にも感じられる、見えそうで見えない落とし穴のような毒気がある。

Noise

デモ版が公開された時には、彼女の、ポップソングを作る才能に溜息が出たものだ。
antihoneyさんの声のきらびやかな変幻自在を味わわせてくれると同時に、世の中で俗に「個性」と呼ばれる、つまりそのアーティス固有の・ひとつのスタイルの中でいかに遊ぶか、というコンセプトの優れた例として見たい。
主語に「I」が使われていながら、どこか三人称的に歌い上げられる声は、ゼンマイ式の時計の秒針の音を背景に、しかし時間の拘束に抗うかのように楽しげに跳ね回り、聴く者を魅了する(「obscure and blue, gloomy through」の声のリズムは、ちょっと忘れ難い)。
「All the noises are divine music」を反転させ「All music is divine noises」と展開させる歌詞にはたまげました。

Sunday

アルバム中でも比較的穏やかなテンポであるにも関わらず、退屈の紛れ込む隙が微塵もないことに驚く。
御本人によると、アイディアとしてはかつて作られボツにされた1曲だった。歌詞に背骨の通った直線的な物語性が宿っているあたりなど、従来のantihoney曲のコンセプトとは違う角度から生み出されたものと言える。
2020年の10月を生きる我々にとって、夏の夜明けを描くこの歌は、ついに溌剌と輝かなかった今年の夏への葬送にも聞こえてしまうけれど……。

Constant Flow

antihoneyという名義で作られた曲の中で最も古いとされる「Constant Flow」、その初期ヴァージョンが元になっている。余白に書き込まれるかのごとき「secretly」「constantly」という単語が鼓膜に染み渡る。
例えれば、Demoヴァージョンの印象が、窓に区切られた夜空を真暗な部屋から眺めているところだとすれば、こちらはついに雲のない夜空の下を歩いて、底無しに突き抜ける宇宙を見つめるかのよう。

Fools in April

元は日本語歌詞が当てられていた曲。インタビューでも触れられ経緯によって、2015年ごろにファンの間に出回り、衝撃をもたらしたそちらのヴァージョンは、使用されている音源にまつわる著作権の都合によりお蔵入りとなっている。
音色が増えたことにより、このアルバムの中で醸成されている「開放」の気分を最も味方につけた一曲。
これまでのアルバムでもたびたび使用されてきたノイズギターは、これまで同様、どんな光も役に立たないような暗黒の中で人を導くように一本の音の線を引いて、曲の終末まで伸びてゆく。
すると、聴く者は想像せざるを得ない……この歌がエンディング(あるいは、オープニング)テーマである物語とは、どのような物語であろうかと!

Something Left Here

こちらも元は上と同じ経緯で、ファンの間でこっそり聴かれていた日本語曲。
澄み切った、というクリシェで語るしかない、にも関わらずユニークなantihoneyさんの声を5分30秒、目一杯堪能できる。
冒頭に鳴る2種類の音が、楽器で言えばベルとハープを思わせ独特のペースメーカーとなり、音楽とは、必ずしも「秒」や「分」に規定されない、その音楽に固有の時間進行を体験させるものなのだ、という事実を改めて思い出させてくれる。
前曲と合わせて、本作はこれまで消極的に言及されるのみだったが、いよいよ正式にリリースされたこの2曲はantihoneyさんの新たな代表曲と言えそうなほど、彼女にしか描出し得ない世界観が溢れ出している。

Call Me

デモ曲として公開されていたものの完成版。インタビューを読んだ人ならお分かりの通り、「Call」という一単語を使いたいというアイディアから生み出された曲。
冒頭にだけ、曖昧に鳴り渡る雑踏の響きがあり、直後のピアノの和音はその空間から聴く者を切り取るかのように挿入され、耳元で聴こえる彼女の声は、他の誰にも聞かれないよう、リスナーにだけ語りかけるかのようだ。

Single Wing

antihoneyさんの歌の際立った特徴といえば、他では聴いたこともないような発声で構築されていく声の世界。公開されたデモを聴いては「恐ろしい引き出しの持ち主だな」と感じたことを思い出す。
きっとタイトルを知らずに聴いても、ゆるやかな風に舞いながら落ちてゆく羽毛をイメージさせるであろう、声の波が続いてゆく。

Ebben

アルフレード・カタラーニのオペラ『La Wally』のアリア「Ebben? Ne andrò lontana」が原曲。
この歌をポップソングとして歌った歌手といえば、もちろんサラ・ブライトマンだが、これがあのイヤでも記憶にこびりつく名曲「A Question of Honour」のイントロに使われたのは偶然ではなく、音楽の起伏の裏側に潜む、爆発的エネルギーの予告のようなドラマ性が感じ取られて採用されたと考えるべきだろう。
antihoneyさんが歌っても、やはりここには暴発のごとき疾走の予感というか気配があり、このリズム、この歌声に沿って歩いてゆけば、どんな新たな領域も恐れるには足らないと(静かに、しかし大真面目に)叫んでみたくなる……それほどまでに終結にふさわしい1曲は、同時に、「音楽の終わりとは新たな時間の始まり」なのだと聴く者に告げる。

EDITED BY

森大那

1993年東京都出身。作家・デザイナー。早稲田大学文化構想学部文藝ジャーナリズム論系卒業。2016年に文芸誌『新奇蹟』を創刊、2019年まで全11巻に小説・詩・批評を執筆。2018年にウェブサイト&プロジェクト『彗星読書倶楽部』を開始。2020年に合同会社彗星通商を設立。

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