たられば山手書店

【新企画】『たられば山手書店 往復書簡』第1回全文公開

以前、ご依頼を受け私が文章を寄稿した文芸サークル『履歴書籍』さんの新しい企画、
『たられば山手書店 往復書簡』が始まりました。

彗星読書倶楽部は現在、店舗を持たない書店としても活動し、管理人・森大那の著作のほか、詩人・吉増剛造さんの詩集『Voix』新書『詩とは何か』を取扱い、今後も続々と増えていく予定です。
そんな中、同じくフリーの本屋さんである「本屋しゃん」とともに、往復書簡で本を作ることになりました。

今回の記事では、企画した履歴書籍さんから頂いたリード文と、私が担当した第1回の全文をお読みいただけます。

各山手線内駅に書店を出店する場合、一冊だけ選出するならどんな本を選出するか。
また、出店場所はどこにするか。その場所、その本で、どのような人に、どのような効果・効能を起こしたいか。

 二○二二年春。上野駅から大型書店が消えた。駅構内に入らずに利用できる大型の本屋は上野駅周辺から一時的になくなりました。
 本屋が街から消える。想像だにしませんでした。実店舗を持つ以上、本を売る場所こそ重要になってくるでしょう。あえて紙の本である必要性。所有欲を満たすデバイスとしての本。本に出会うまでのストーリー。今の本屋には何が足りないのか。しかし、私の頭だけでは思考判断材料の限界でした。
 幸にして私の友人に二人の本屋さんがおります。二人に本屋を任せたらどうなるのかと聞いてみたところ。面白い話が次々に出てきました。この話をもっと詳しく時間をかけて聞きたい。できれば皆さんにお裾分けしたいと思い至りました。
 そこで二人に往復書簡形式で、以下の企画作成を手伝ってもらうことにしました。
 各山手線内駅に書店を出店する場合、一冊だけ選出するならどんな本を選出するか。
 また、出店場所はどこにするか。その場所、その本で、どのような人に、どのような効果・効能を起こしたいか。この往復書簡を通して二人の本の虫の智慧を皆さんに感じてもらいたいです。

履歴書籍さんの熱い思いに応えるために、私と本屋しゃんのふたりは、どの街の・どこで・どんな本を売るのか、知恵を出し合うことになったのでした。

この往復書簡は10月末まで続き、その成果となる書籍は、11月20日の同人誌即売会『文学フリマ東京』で『履歴書籍』ブースにて販売される計画です。
(ブースの位置は後日お知らせします)

ちなみに、本屋しゃんのウェブサイトでは、彼女が担当した第2回の全文をご覧いただけます。

以下は、第1回を担当した私の文章の全文です。
最初の一歩は、東京駅から。
東京駅周辺のどこかで、何かの本を、誰かに向けて売ることを考えねばならないのですが、果たして……?

本屋しゃんへ

 フリーの本屋ふたりの企画ということで、山手線の駅に店舗を構える場合一冊だけ販売するとしたらどの本にするか、その往復書簡をすることになりました。
 本屋しゃんとはまだ二度しかお会いしたことがないというのに、履歴書を読んでいるからか、ついこのあいだ知り合ったばかり、という気がしません。書物や芸術にまつわる共通言語で話せるからでしょうか。ずっと昔からの仲間であるみたいです。
 生まれてこのかた京浜東北線ユーザーの私は、この沿線、特に蒲田〜上野の土地がホームグラウンドとしてあり、都市の原風景も、空間の想像力もここが土台としてあり、渋谷や新宿や池袋の空気が入り混じる山手線は、何度も使っているとはいえ、「自分の路線」にはなり得ないという感覚・味覚があります。
 でも、「どの土地に生きるか」と同じくらい「どの線路沿いに住んでいるか」が想像力や思考を決まってゆくのは面白い。近代の性質かな、なんて思いましたが、江戸時代の街道も同じようなものかも。それなら、シルクロードも同じだったりして。別の土地の人が通う道は、文化も通い、時に風景を一変させることさえあるでしょう。
 第一回の今回は、東京駅です。
 これは難題です。東京駅には、文化の地層がありません。
 一九一四年(大正三年)の開業以来、辰野金吾(と、事務所の共同経営者だった葛西萬司)の設計した駅舎は、日本の鉄道のシンボルのひとつでもありますが、駅そのもの、駅の周辺に文化の堆積が起きたわけではありませんでした。駅の東口に広がる八重洲地域には、その名前から察せられるように、大衆的な文化の積み重ねがあったのですが、終戦後にGHQが駅の西口である丸の内地域のオフィスを接収、追い出された企業が八重洲に殺到し地価が暴騰して以降、文化が生まれるような土地柄ではなくなりました。
 子供の頃、東京駅の出口の風景を初めて見た時の、あのつまらなさは、ちょっと忘れられるものではありません。子供の目に楽しいものなど何ひとつなく、自分の暮らしとは永遠に無関係であろう高層ビルが視界を邪魔しているだけで、「ここは他のどの駅とも違う」と理解するには、ただの一瞬で充分でした。
 さて、ここに本屋を出店するなら? 映画『シン・ゴジラ』で最後の決戦の舞台となったことを取り上げるべきでしょうか。
 それとも、もっと一般性を大切にして、博文館新社『復刻版 大東京写真案内』を売るべきでしょうか。昭和八年に刊行された、東京中のエリアを豊富な写真と文章で解説した本書は、昭和初期に見られた武蔵野の風景、今はもう消えてしまった建造物、人々の生活の実態を知るのに最適な一冊で(過去と現在の人々の生活を知ること以上に知るべきことなど、人間にあるでしょうか?)、旧字体の雰囲気もあいまって、世界都市・東京の近代性を味わい尽くせる本です。幸い、この復刻版は一九九〇年の刊行以降、ロングセラーとなっているらしく、現在でも新刊として手に入るものです。
 ただ、ここはもうひとつ、私の好みを押し出してみたいとも思います。
 東京駅周辺を舞台にした小説は、意外と見当たりません。しかし、その数少ない例として、小説家・内田百閒の『東京日記』は挙げられます。
 一〇代から創作を始め、漱石の弟子のような立ち位置となり、世間的には随筆で有名となった百閒ですが、彼の小説の代表作群は明確にホラー小説で、しかも今日においてもその想像力に肩を並べる作家はごく限られる、最強レベルのホラー作家です。
『東京日記』は、一九三八年(昭和十三年)に発表された短篇集。東京の各地を舞台に、一人称の語り手が体験した怪異を描いています。
 東京駅、そして丸の内が舞台となるのは、「その四」。最終の省線電車で東京駅に着き、外に出たところ、黒々とした空に月が出て、何かが妙だった。駅前の丸ビルがなくなっていて、そこに月が懸かっていた。
 丸の内ビルディング(当時の表記ではビルヂング)は、地下一階地上九階、昭和前期には日本最大級のビルで「丸ビル何杯分」と言われたほどの建築でしたが、それが忽然と消えた。近づいて見れば、地下もあったはずなのに地面は綺麗にならされて、空き地になってから少し時間が経ったかのように草まで生えている。翌日、丸ビル内の法律事務所に用事があり、自動車を拾って丸ビル迄と告げると、いつも通りに東京駅前まで出るのに、やはりそこに丸ビルがない。柵にもたれている男に「丸ビルはどうしたのでしょう」と訊くと、「さっきもそんな事を云った人がありましたが、一寸私には解りませんね」と返される。有楽町の新聞社に立ち寄った語り手は、話しても信じてくれない記者の友人を連れて丸ビルへと向かう。すると……。
 都市を舞台にホラーを描こうとするとき、普通、作家は街の死角、街の陰りに目をつけます。もちろん百閒もそうした暮らしの細部を描きはするのですが、衆人環視で怪異が起こるダイナミズム(ほか、内濠から巨大な鰻が這い上がって銀座数寄屋橋でのたうち回る「その一」)をマネした人はいないのでは。
『大東京写真案内』が過去の東京の地図だとすると、『東京日記』は幻想の東京の地図でしょう。東京ではこんな想像力が生まれ得る。それは、別に面白い土地でもなんでもない文京区千駄木の団子坂の風景を、江戸川乱歩が「D坂の殺人事件」で塗り替えてしまったことを思い出させます。
 せっかく東京駅で一冊だけ売るのなら、私は、幻想に塗りたくられた東京イメージを今の丸ビルの中で売って、立ち寄った人を混乱させてみたい。

すでに第5回まで進んでいるこの往復書簡。
どの駅が選ばれたのかは追い追いお伝えするとして、書籍化を楽しみにしていてください。


履歴書籍
正規の履歴書には書けない、本当の履歴書を収集、エッセイ化する団体。 『決して不幸自慢でもゴシップでもない。まだ名前もついていない社会問題を扱った作品』。
Twitter: https://mobile.twitter.com/rireki_shoseki
note: https://note.com/mesen/

本屋しゃん
「本屋しゃん」は、
本とアートを入口に、さまざまな文化や好きを「つなぐ」、
イベント企画/選書/小さな本屋さんをしています。
Twitter:https://twitter.com/honyashan
Website:本屋しゃんのほーむぺーじ

EDITED BY

森大那

1993年東京都出身。作家・デザイナー。早稲田大学文化構想学部文藝ジャーナリズム論系卒業。2016年に文芸誌『新奇蹟』を創刊、2019年まで全11巻に小説・詩・批評を執筆。2018年にウェブサイト&プロジェクト『彗星読書倶楽部』を開始。2020年に合同会社彗星通商を設立。

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