彗星読書倶楽部の文学講義では、江戸川乱歩や岡本かの子の東京、ヨコハマメリーの横浜、ボードレールのパリ、『歩道橋の魔術師』の台北など、文学や物語の中に現れる都市をたびたび取り上げてきました。
物語において都市は、ただの背景ではありません。登場人物の来歴や性格、ストーリー、語り方によって意味づけられ、現実の都市とは異なる独自の空間として立ち上がってきます。
今回の講義では、文学の中に出てくる都市空間に注目しながら、場所の意味、都市の読み解き方、そして物語を生み出す境界線について考えていきます。
語られたものの中にしか存在しない都市とは何か。私たちは文学を通して、都市をどのように見直すことができるのか。
文学と都市の関係を、一緒に探索してみましょう。
講義の目次
1:都市の見方
2:場所を読解する
3:境界の向こうへ
第1章では、都市とはどのような空間なのかを考えます。松任谷由実と宮本浩次の音楽をめぐる発言を手がかりに、「都会的」と「都市的」という言葉の違いを見つめながら、匿名性、孤独、偶然の出会い、貧困と富が隣り合う場所としての都市を整理します。さらに、立原道造の詩「私のかへつて来るのは」を読み、自室の内側と都市の外側に生まれる場所の意味を考えます。
第2章では、場所を読解するという見方がどのように広がっていったのかをたどります。前田愛『都市空間の中の文学』を軸に、都市をテクストとして読むという考え方や、1980年代以降に都市論が盛んになっていった流れを紹介します。NHKの番組『ブラタモリ』や中沢新一『アースダイバー』にも触れながら、文学や批評が現実の都市の見え方を変えていく過程を見ていきます。
第3章では、「境界線」というキーワードから、都市と物語の関係をさらに深く考えます。家の内側と外側、知っている場所と知らない場所、その境界を超えることで物語は始まります。ジョージ・オーウェル『1984年』、江戸川乱歩「D坂の殺人事件」、ポール・オースター『リヴァイアサン』、ノサック「ドロテーア」、カミュ『異邦人』、長田弘の詩を取り上げながら、都市の中で人がどのように境界を超え、あるいは超えずにいるのかを探ります。
